秋篠宮妃殿下紀子さまが、無事男宮をご出産なされました。
お祝い申し上げます。
さて、無関心が多い皇位継承問題ですが、「天皇陛下は必要なの?」という子供達。皇室という特別な「役割、公務」(帝王学についての記事は
こちら)を知らない方々が多くなりましたね。天皇には無限責任、つまり自己の生命を投げ出す覚悟がおありだと思います。天皇の地位は「象徴」です。天皇陛下が国家の象徴としておられることは、国家の分裂を防ぐことになりますよね。他国のように東西、南北などに分裂しないという安定はあります。
Saiさん
『皇室も国民の目線に降りたような接し方を心がけているのか、若い世代が皇室との隔たりを持たなくなっているのではないだろうか。』
『現代に多く見受けられる、個性・自由重視という家庭環境に育った子供達と同様に教育されるのなら、皇位継承も自由意志となるだろう。そうすると、どうなるのだろう。つまり、民主主義や男女平等、人権など、国民の権利のような尺度。それを、国民側が、皇室をその尺度で測ろうとしているのではないか。その一切を超越しているはずの皇室を・・・。』
a−leiさん
『さて、国家にとって、藤原 正彦氏の「いかにして皇位を継承するかではなく、いかにして男系をつないでいくか。」という部分だが、今日、新宮様が御誕生になられ、その心配がなくなった。それなのだか、なぜか懸念。それは、皇室典範改正案や宮内庁の姿勢、報道に至るまで、『惑』があるからである。『不惑』の呈示が見当たらない。』
まるで、皇室に対し「念押し」をしているような記事に思わず笑ってしまいましたが、皇室の帝王教育によって、国家・国民への「使命感」と「義務」、そして「超越」の精神が備わるのですね。
Saiさんの文中に、「国民の目線に降りたような接し方を心がけているのか・・・」、「民主主義や男女平等、人権など、国民の権利のような尺度」とありましたが、皇室が「民主主義や男女平等、人権など、国民の権利のような尺度」を帝王教育に持ち込むのなら、どうなることでしょう。我々国民の権利と皇室の役割は違いますよね。また「隔たりを持たなくなっているのではないだろうか。」という懸念。「尊ぶ」が「親しみ」に変わると、国家そのものが変容することを指摘しているようです。
a−leiさんの「今日、新宮様が御誕生になられ、その心配がなくなった。それなのだか、なぜか懸念。それは、皇室典範改正案や宮内庁の姿勢、報道に至るまで、『惑』があるからである。『不惑』の呈示が見当たらない。」から、皇室典範の脆さを危ぶみ、それがこれからの時代の「皇室」の在り方、「宮内庁」の在り方を問うている気がいたしました。
いつか私達国民、あるいは次の世代が、皇室に求めるもの、皇室のありかたを変容させることになるだろうと、私はお二人の記事から窺えたわけです。
また、a−leiさんは、「先に、藤原 正彦氏引用から『「国家の品格」というのは誰が決めるのだろうと考えると、--------それは諸外国の国家や国民ではないだろうか。』と記したが、我々は、海外や自国で、他人から尊敬されるような振る舞いを心がけているのだろうか。この総人口の品格というものが、査定されていくのだから。その査定はどういう報酬があるのか。他国の信頼と尊敬を集めるられるのである。」と書かれていますが、これは、私達国民が、わたしたちの国家を査定できる眼を養う力があるかどうか。そして国家だけではなく、国民の品格をも指摘していると感じました。
さて、これから皇室典範(皇位継承の関係条文は
こちら)は、
どうなるのでしょうか。